たくのろじぃのメモ部屋

プログラミング(C#)の基礎やそれを応用した技術情報をメモしておくブログです。

人間拡張と情報化・機械化社会への個人的見解

はじめに

この記事は個人的見解を述べたものであり、必ずしもそうとは限りません。思ったこと、考えたことをメモする感覚で記事にしました。

インターネットが便利な話

便利ですよね、インターネット。遠隔地の相手と連絡でき、家から出ずに買い物でき、調べてたいこともすぐに出てくる。素晴らしいツールです。しかし、インターネットは使い方によっては...という話は何度もテレビやラジオなどのメディアで聞いていると思うので止めておきます。今回は情報化社会に対してどう付き合っていくかを考えてみたので書いていきます。

使う立場か使われる立場か

使う立場は文字通り、ツールを使いこなす立場にあることを指します。使いこなすということはそのツールに対しての十分な理解があり、使い方を知っていることです。

使われる立場はそのツールに支配されてしまうことを指します。使いこなすどころか使いすぎることにより、使うための条件が変わってしまいます。

人間の特性と例

 使われる立場というのは急に発生するものではありません。最初は必ずしも使う立場に属されます。そのあとのプロセスが問題なのです。人間という生物は「便利にしよう」という方向で物事を考えます。

 例えば、夜でも活動できるようにしようとした場合、電気(正確には照明機器)が必須ですね。電気というツールが生まれたことにより、夜でも活動できるようになりました。

 しかし、これは生物界のルールに反することになります。人間は昼行性であり、夜行性ではありません。理由は単純です。まったく灯りのないところで活動できるでしょうか、ものがしっかり見えるでしょうか。無理だと思います。人間の目は光を水晶体で屈折させ、網膜に像を映して「見る」という認識をしています。夜の場合、光を反射しないので、ものを捉えることはできません。本来は夜に活動すべきではないのです。

 人間は視覚情報、聴覚情報、嗅覚情報、味覚情報、感覚情報などといった複数の情報を受け取っています。それも活動中。この複数の情報をいっぺんに圧縮されたものが脳で処理されていると思うと、なんだかすごいと思いませんか?普通に散歩しているだけでも風景や車の音、匂いや足の感覚などを常に受け取っていることになります。

 このような情報を受け取ってばかりで無傷なわけがありません。だからこそ脳を休ませる必要があるのです。眠るという行為は感覚系を限りなく遮断に使づけることになります。すると脳は1日に得た情報を整理し始め、必要情報を「記憶」として「海馬」という部分に溜め込みます。夜に眠るというのは人間の本能であり、生物としては必要要素になります。だからこそ寝る必要があるのです。

 さて、夜にも活動できるとなれば行動可能時間が増えます。つまり脳が情報を整理する時間を奪ってしまうのです。すると、情報が十分に整理されないので記憶が断片的になります。これが物忘れや効率低下の原因になるのです。

 しかし、人間という生物は不思議なことに睡眠時間をどこかしらで得ようとします。これがいわゆる「お昼寝」というものです。結局は失った分をどこかで取り返すことで脳への負担を減らしているわけです。ただし、人間には「意思」という、これまた不思議な情報を持っています。眠ってしまいそうなときに「絶対寝ない」という意思を持っていると寝ることが少なくなります。

 お昼寝さえ許されないとなれば生物的に危険状態になります。そしてとうとう「気絶」に至ります。これは活動限界に限りなく近い状態で、これ以上活動していると生命維持に支障をきたすという意味になります。残念ながら私は気絶を経験したことがないのでコメントしようがありません。

 気絶と睡眠は似て非なるものです。気絶は生命活動を最低限行えるような状態なので休まっているわけではありません。あくまでも生命維持だけで、外部からのエネルギー供給(治療)がないと復帰は難しいです。こうならないように普段から睡眠はとったほうがいいでしょう。

人間拡張 -Human Augmentation-

 人間という特性が分かったところで、人間拡張の話をします。人間拡張は人間単体ではできないようなことを、あるツールや手段を用いて可能とすることを指します。工学的には人間工学という分野に当てはまり、人の能力開発および拡張と説明することがあります。が、今回は工学的な内容ではなくもっと身近なことです。

 先ほど、電気の例を話しましたがこれも人間拡張にあたります。拡張されたのは「人間の活動時間拡張」です。また、義手や義足を用いて「身体的欠落箇所の拡張」をすることで障害を克服することができます。ほかにもロボットを使用すれば「人間の身体能力拡張」ができます。このように拡張することにより、活動範囲を広げることができるのです。

 しかし、上記の中に生物界に違反しているものがあります。それは「活動時間拡張」と「身体能力拡張」です。では、なぜ「身体的欠落箇所の拡張」が違反しないかを説明します。(障害を持っている方へなるべく配慮しての説明となります。あらかじめご了承ください。)

 人間は生まれながらにして感覚や肉体を持っています。しかし、何かしらの影響により手や足、感覚を失ってしまう人がいます。これは生まれつきハンデを背負っていることになり、人間本来の力を発揮ができません(これは生物的な観点であり、精神論ではないので言い切っています)。そこで、これらを克服するようなツールを用いることにより、人間本来の力を発揮できるようになります。

 ここで、人間本来の力を100%とします。例として片腕を失った状態を70%とします。これだけでも30%の差ができてしまいます。この差を埋めるのが義手というツールです。これを用いることで100%に近づきます。なぜ100%ではないかというと、うまく扱えるようになるまで時間がかるのと、耐久性や相性も考慮しているためです。

  さて、お分かりでしょうか?つまり、人間にできることを超えていないということです。拡張といえども、このツールはもともとあるパフォーマンスを発揮させているにすぎません。よって生物的には何の問題もありません。

 ではもともと100%の人がロボットスーツを使うとどうなるでしょうか。ロボットの支援があると身体的能力が向上します。つまり、100%を超えることが可能になります。能力が向上すれば、例えば重い荷物も軽い力で持ち上げることができます。さて、このツール、便利すぎると思いませんか?人間の特性として楽をする方向に考えるとありました。では、楽をするためにこのロボットスーツを使い続けるとしましょう。

 ロボットスーツによって20%の能力拡張を行い、普段から120%の力で生活することができました。どんなに軽いものでも些細なことでもロボットスーツを使い続けていれば、機械に頼ってしまうので使用する筋肉が劣化していきます。人間は効率化のために使わない部分は劣化させるような仕組みになっています。劣化した部分は本来の性能を発揮できなくなります。これでロボットスーツ込みで100%になりました。

 あるとき、ロボットスーツが故障してしまい、スーツを脱ぐことになりました。このスーツを脱いだとき20%の能力拡張分が減少します。すると、人間が発揮できる能力が80%に落ちてしまいます。さて、この失った能力を取り戻すために人間はどんな行動に出るのか、答えは「ロボットスーツの購入」です。つまり、この時点で依存してしまっているのです。

 このように、人間がもともと持っている能力を便利ツールによって拡張させると、確かにその分発揮できる力も増幅します。しかし、それに頼りすぎてしまうと使わない部分の退化によって発揮できる力が減少します。なので、人間がもともと持っている能力を超えるようなツールは生物的に違反していると述べました。

 人間拡張は失った能力を取り戻すために使用することが最善策だと思います。私は人間拡張に反対ではなく賛成ですが、使いどころをしっかり定める必要があると考えました。この使いどころというのが難しい問題で、楽したいという本能に対してどう対応すべきかを改めて考える必要があります。

使う立場が使われる立場になるとき

 人間拡張について分かったところで、使う立場から使われる立場へシフトする原因を考えてみましょう。「初めは使う立場に属する」という話をしましたが、全くその通りです。ツールを使わなければツールに使われることもありません。

 人間拡張ツールの使い初めは「便利だなぁ」と感動することでしょう。その感動の刺激が強いと脳にしっかり記憶されます。記憶されれば、次回からも使うことになります。「この作業にはやっぱりこのツールだ」という感覚になるとき、感動ではなく習慣が脳に伝わります。つまりツールがあって当たり前の状態になります。

 当たり前の状態になった脳は「ツールがあれば負担かからないからええやん」となります。するとその負担のかからない部分に対してのつながり(ニューロン)を減らします。そして「ツールを使う」というつながりができます。ということは、すでに「ツールなしでは作業ができない」状態に陥ります。これが依存状態です。

 依存した脳は別の刺激がない限り、そのつながりを切ることはありません。つまり、この依存状態から抜け出すには「便利ツールを超える便利ツール」が必要になります。勿論そんなものはすぐに発表されません。だから依存から抜け出すのが難しいのです。麻薬と一緒です。

 この依存状態はかなり厄介で、それがないと活動できなくなります。気づけばツールを使うではなく、ツールに使われてしまっています。これが使う立場から使われる立場へ変わった瞬間と言えます。こうなっては制御しようがありません。脳の組織もすでにそのツールを使うことを前提に構造が変化しているのですから...。

 つまり、キーワードは「依存」なのです。使い時を考えずに使ってしまう、もしくは感動しすぎて脳から離れないものは依存に陥りやすくなります。では、依存になることを防ぐことができるでしょうか?

使われないために

 答えは単純です。「このツールは自分に本当に必要かを考える」ことと、「使い時を考える」だけで十分です。「周りが便利って言ってるから」や「衝動買いしちゃえ!」という考えで購入したものは「捨てる」か「勿体ないから使い続ける」かのどちらかになります。「放置」は前者にあたります。

 「捨てる」、「放置」という選択肢は依存に当たらないから使われていない!と考えるかもしれません。確かにこれは直接的依存ではないです。これは間接的依存で、世間の声や自分の物欲に依存してしまうことを指します。これは外部への依存で自分で考えていないことが原因です。だからこそ自分でしっかり考えることが大事なのです。外部に振り回されてはいけません。

 使い時に関しては「このツールが本当に必要」に該当する人を指します。ツールを手に入れたものの、使い時を考えないと依存する可能性があります。「このくらいなら自分で」と思えるうちは問題ありませんが、何に対してもツールを使ってしまうとアウトです。なので、本当に必要なタイミングで使うほうが良いです。いや、ここぞというときのみ使用するようにすれば依存する確率も大きく減らせます。

 感動しすぎて依存するタイプは難しいです。それほど衝撃を受けてしまうと簡単には依存から抜け出すことができません。この解決策は難しいですが、依存を治すことはできないことはないです。

 ツールに使われないためにも「本当に必要か」「使い時を考える」ということを意識するようにしましょう!

依存から抜け出す手段

 依存してたけど抜け出せたという人は何らかの外部要因があります。例えば麻薬依存した人は、麻薬の手に入らないような環境(刑務所)で依存症を抑えるという治療法があります。ゲームばかりしてた人が、面白い科学番組に刺激されて勉強を頑張るようになったということもあります(私の例)。

 つまり、「依存に陥る状況を覆すくらいの刺激」もしくは「依存できない環境」を与えれば依存から抜け出すことができます。後者は荒治療ですが、こうする他ないでしょう。しかし、後者に関してはストレスをため込む原因にもなり得るのでお勧めはしません。一番は刺激を与えることです。

絶対に抜け出せない依存

 依存から抜け出す方法について記述しましたが、依存から抜け出せないものが存在します。それがインターネットというツールです。現代社会において、何に対してもインターネットに接続しています。家電製品から医療機器、施設までもがインターネッとに接続して連携する時代です。さて、この時代に生まれた人は生まれながらにインターネットと共に暮らしています。人間には元々ないツールで、このツールを用いることによって遠隔地の相手と連絡を取ることが可能です。これはまさに現代を代表する人間拡張です。

 絶対に抜け出せないというよりも、知らないうちに使用しているので自覚がないだけです。インターネットへの接続が当たり前というのは生物的には反することです。しかし、この時代に生まれたからには、このツールが使えないと仲間外れにされてしまう可能性もあります。なぜなら一般化しているからです。単純明快ですね。

インターネットというツール

 インターネットは、うまく活用することによって有益な情報を得ることができます。加えてその人の能力も一時的に拡張することができます。拡張できるのは「検索能力」です。探したいものを一瞬で探すという拡張です。わざわざ辞書を引いて探す手間が省けます。

 また、遠隔地の相手とコミュニケーションをとることもできます。わざわざその地へ赴いてお邪魔して...ということをせずとも簡単にお話ができます。拡張できるのは「情報伝達能力」です。情報を伝える相手がどこにいようと、どんな人だろうとコミュニケーションが取れます。便利ですね。

 このツール、たった一つのツールだけで様々な人間拡張を行うことができます。素晴らしいツールです。ただし、拡張できるのは目に見えない部分です。インターネットで直接筋肉を鍛えるのは無理でしょう。間接的(例えば2次元少女に応援してもらってモチベーションを上げる、練習メニューをデータベースからダウンロードする)はあり得ます。

インターネットと情報漏洩

 非常に便利なツールも落とし穴があります。それは「依存」に加えて「情報漏洩」です。依存に関しては先ほども記述したので省略しますが、付け加えるとすれば過度な依存です。過度な依存は日常生活すらままならないような依存を指します。

 情報漏洩は結構多いです。ニュースで取り上げられている内容がすべてではありません。大きな出来事(マイナンバー漏洩や仮想通貨問題)はニュースで報道済みなので、ニュースで取り上げていない最近流行りの某短編動画共有アプリ(曲に合わせてダンスや歌を歌って投稿するアプリ)について書きます。

 なぜこれを取り上げたかというと、当たり前のように顔と学校の制服が出ているからです。私は反対する気はありませんが、あまりにも露骨なので驚いています。顔と制服が分かればその学校を特定することも可能になり、その人のプライバシーにかかわる問題があります。

 本人は投稿して満足かもしれませんが、これをみた人が○○学校の○○さんと情報を拡散された場合、収集がつくでしょうか?無理です。一度流れた情報は一生残り続けます。ここで漏洩している情報は「顔」と「制服」です。これは直接的な漏洩にあたります。顔と制服から「学校」や「住所」まで特定されれば大変なことになるでしょう。これは間接的な漏洩にあたります。

 情報漏洩しないことは当たり前と言っている人も、どこかで自分の情報が流出している可能性もあります。それがいい方向で広がっていけばいいのですが、悪い方向へ広がるとその人の精神的ダメージは相当なものになります。

 インターネットの怖いところは相手が見えないのに自分のことを見えているというところでしょう。見えない相手から受けるダメージは見えない部分つまり精神的ダメージを指します。こうならないためにも軽い気持ちで自分という情報体を公開しないことです。

低年齢層における情報端末の使用

 最近は小学生でも情報端末を持ち歩く時代になりました(2歳の子に端末を持たせている番組映像を見たことがあります)。その多くがコミュニケーションツールとしてではなく、ゲームや動画視聴、SNSとしてでの用途が多いです。特に多いのが動画視聴。某大手動画配信サイトではコメントを書く機能があります。このコメント欄はログインさえしていれば誰でも書くことができます。

 子供は好奇心旺盛で、コメントを書き込めるとなればすぐに書き込むことでしょう。フリック入力は慣れてしまえば簡単です。さて、子供はまず何を書き込むのか。私の予想では動画に対する評価です。そんなの当たり前という人がいると思いますが、評価といっても「面白い」「面白くない」の単純な2択です。

 この2択のうち標的にされやすいのが「面白くない」のほうです。その動画には当然ファンがいるわけですので、アンチに対するアンチ行動へ出ます。これは人間の本能です。守りたいものを守るという当然の特性です。さて、この人たちが「面白くない」のコメントに対して数々の批判的表現を書き連ねるとしましょう。

 子供はどんな反応をするでしょうか。反撃でしょうか。答えはNOです。正解は「言葉の表現を吸収する」です。小さい子ほど言葉の吸収が早く、覚えた言葉を使いたがります。言葉を入力することでそれが火種になり、やがてそのコメント欄が炎上します。これはあくまで一例なのですべてがそうとも限りません。

 言葉を知らない子供からすれば自覚がありません。しかし、自覚がないからこそ大量の情報を発信する可能性があります。子供たちがあることないことを拡散すれば情報が混乱し、不確かな情報が拡散されてしまいます。

 では子供に端末を持たせなければいい。という人もいると思いますが、それは保護者次第です。他人の子供にどうこう言う資格はありません。その保護者がどう教育するかにかかっています。必要なのは「端末を持たせる時期を決める」と「ネチケット」だと思います。前者の判断基準は後者を理解しているかで変わるでしょう。

 著作権と肖像権も重要なテーマです。誰もが簡単に動画を公開できるようになり、たくさんの投稿者がいます。しかし、他人の作った作品を自分のもののようにアップロードしたり、許可を得てない人の顔が映った写真を載せたりと、マナーを守らない人もいます。特に低年齢層では肖像権の問題のほうが多いと思うので、ルールについて再確認してからネットを使うようにすべきです。

人とのつながりとコミュニケーション

 インターネットが普及したことにより、遠隔の人とコミュニケーションが取れるようになりました。大変すばらしいことなのですが、ツールばっかりに頼っていては現実世界での会話が難しくなってしまいます。いわゆるコミュ障となるわけです。

 ネット上では、発言するタイミングを決められます。また、メッセージを送る前に修正も可能です。つまり考える時間を設けられていることになります。しかし、会話は反射的に返せないと沈黙が続き、会話として成立しているのかが不安に感じてしまうことがあります。そして表情も見えるので前言が正しかったかも視覚的に判断してしまうことから、次の言葉が口から出ない状態(コミュ障)になってしまいます。

 ネットでの会話は同じ趣味の人とコミュニケーションをとることが多く、そうでない人をはじくことができます。そして話し相手を選べるという利点もあります。すると地域とのつながりよりも遠隔とのつながりを重要視するようになり、近所付き合いが悪くなりがちです。近所のおばさんと会話状態になったら最悪でしょう。興味ないことを話されても聞き流しがちになります。すると人の話を聞くのが下手になってしまいます。聞き上手になるためにも定期的に地域とのコミュニケーションをとるように心掛けたほうがいいです。

 承認欲求という言葉を聞いたことがあるでしょうか?とにかく誰でもいいから見てもらいたい、いいねをもらいたいなどの、自分を認めるような欲求を指します。親との関係がうまくいっていない、あまり褒められなかった人に多いようです。認めてほしいという理由から常識はずれなことをしたり、法にかかわるようなことをしたりと、自分を見てもらうためなら何でもするのが怖いところです。

人間拡張と情報化社会

 人間を拡張していくことでその人だけでできなかったことができるようになり、可能性が広がります。しかしそれと同時に様々な問題が生まれています。肉体的拡張で肉体的衰退、精神的拡張で精神的衰退および欲求不満を起こしてしまうことも。情報化社会は確かに便利になり、できることが増えました。しかし、私たちは何を目指しているのでしょうか。このまま人工知能を発展させて機械に働かせたいのでしょうか?それとも人間を拡張できるような社会を目指しているのでしょうか?正直分かりません。

 ただ、言えることは技術力が人間を置いていっているように思えます。なぜならば私たちは技術に使われているからです。情報発信できるところがインターネットしかないと考えれば、私もインターネットに使われています。技術に頼りすぎて本来は人間でも十分出来そうなこともやっていないような気がします。

 もし、情報化社会において情報がめちゃくちゃに混乱した場合、人間は生きていけるのでしょうか?コミュニケーションはとれるのでしょうか?正しく情報を伝えることができるでしょうか?

 少なくとも、もしもの時に備えてできることはやっておくといいと思います。でないと、例えば事故や震災が起きて「情報端末が使えない!」とパニックになる人がでてくるかもしれません。

 情報化社会は便利な時代です。しかし、その技術力に人間が追い付かないと使われる立場になります。情報を使うためにも情報についての理解を深め、使い方をマスターしなければなりません。そして、頼りどころを見極めることが情報化社会とうまく付き合う方法だと思います。

おわりに

 情報化社会で様々な人間拡張が可能となった今、これからの時代を築いていくのは若きエンジニアの皆さんです。どうか、人間の能力にあった情報化社会を築いていっていただきたいと切に願います。技術力が高すぎて人間がついていけない状況は危険です。AIを実用化するとしても、人間を超えてしまっては制御できなくなってしまいます。「ほどほどに」ではなく「人間に合った」研究開発を行うことがこの時代を良くしていくカギになると思います。もちろん、人間は子供から高齢者を対象とします。

 

 

長文失礼いたしました。

粗末な文章を読んでいただき、ありがとうございました。

 

P.S.

若きエンジニアと記述していますが、私は現在学生です。